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安原元家裁所長の講演録

「裁判所速記官制度を守る会」の大阪支部長に,石松弁護士に代わって,安原弁護士がこのたびなられたとのことです。http://www3.sokkikan.coco.jp/article/133764772.html

石松竹雄弁護士(元司法研修所教官,大阪高裁部総括判事などを歴任)もすばらしい方ですが,安原浩弁護士も日本裁判官ネットワークの設立者のお一人で,元松山家裁所長というすごい方で,このような立派な方々に速記官制度を応援していただき本当にありがたい限りです。

御就任を記念して,秘蔵の安原弁護士の講演の速記録を公表させていただきます。
2年前の「はやとくんフォーラム2007」で,まだ家裁所長御在職中の折に講演いただいたもので,御本人には公表の許可をいただいていたものです。

松山家庭裁判所の所長というポストにおります安原と申します。
今家庭裁判所ですけれども,40年の裁判官生活の中,ほとんど刑事裁判を担当しておりました。特色としてはボランティア判決を最初にしたとか,最高裁で初めて違法収集証拠を排除して無罪にした事件の原審を担当したと,そういうようなところが私の自慢の話であります。

日本裁判官ネットワークについては,御存じの方もあるかと思いますけれども,現職の裁判官だけで組織した団体ということで,日本では歴史上始まって以来の出来事と言いますか,1999年に設立したものでありますが,メンバー約20名という弱小だったのであります。

目標は大きく掲げておりまして,開かれた司法,あるいは司法機能の強化,そういうことを目標にしておりますが,要するに最高裁の枠内の考えではなくて,自由に自分たちの頭で考える裁判官,そういった裁判官をお互いに支援し合おうという団体であります。

特に最高裁と対決しようという姿勢ではないんですけれども,とかくそういう団体ではないかというふうに見られております。
本日も所長という名前を使いましたけれども,資格としては裁判官個人,私安原という裁判官個人の立場で参っております。これから申し上げる意見につきましても,全く私個人の意見ということでお聞きください。

裁判官ネットワークの間でも,速記官の問題については各種の意見があるということは,事実あります。まず私の立場の前提として,裁判員制度に非常に賛成しているという立場から話を始めたいと思います。
裁判員制度については,最高裁,法務省,弁護士会を挙げて推進しているということになっておりますけれども,実際にはなかなか新しい制度についていけないという意識の方も多いのです。

ただ,私が長く刑事裁判を担当した立場から申し上げますと,今の刑事裁判には非常に問題があると思います。一番問題なのは,私は刑事裁判官の有罪慣れだということを常に申しております。常に我々が担当している事件の9割以上は有罪判決であります。それを支えているのは,捜査官が作った膨大な供述調書で,それの相関関係と言うんでしょうか,それに長年慣れてしまうと,本来の無罪の推定,起訴状一本主義,予断を持たないという裁判官の立場がだんだん崩れてくる。私を含めて,ベテランになればなるほど,ほとんどの事件は有罪なんだから,この事件はやっていないと言っても,またうそを言っているんじゃないかと,こういうような目で見る危険が非常に強い。

それをバックアップするのが,捜査官の供述調書ですね。
それを今まで裁判官は,読み込むと言いますか,家へ帰って膨大な供述調書を読み比べて,その中に少しでも矛盾があれば,どこかおかしいんではないかというふうな疑問を持つというところから考えだすということで今までやってきたんですけれども,それではだんだん目が曇ってくるんですね。9割以上の有罪判決,間違いのない供述調書をずっと読み込んでおりますと,その矛盾点を発見するのも,目が曇ってできなくなってくる。そうすると冤罪を生むと,こういうことになってくるわけです。

やはり日本の将来の刑事裁判というのは,供述調書を使わないということを原則にして,しかも,新鮮な風を吹き込まないといけないと。いつも刑事裁判の有罪ばかり担当している裁判官が,そのまま事件を担当すると危ない状態になる。裁判員が6人,1件だけの事件で立ち会うということは,非常に新鮮な意見,いろいろな角度からの意見が出てくると。それを聞くと裁判官も,なるほどそういう見方もあるのかということで,本来の立場に戻れるのではないか。そういう意味で,3人のプロの裁判官と,6人の素人裁判官が一緒に考えるということは,非常にいい制度だというふうに思います。

こういった裁判員制度を前提にすると,法廷が真剣勝負の場になります。今までは,我々は家に帰って読むのが真剣勝負です。家に帰って読むなんてことは,裁判員制度では予定されておりません。法廷がすべて真剣勝負ということになります。これは劇的な変化です。
検事も弁護士も裁判官も,法廷は眠たいなと感じることが結構あります。速記の皆さんもそうでしょう。だらだらとやって聞いているけど,そこで勝負を決めるんじゃなくて,家へ帰って,それと供述調書とを読み比べたりしながら考えるというのが,今の刑事裁判の実態だったわけですから,法廷が非常に緊張した場面になる。

更にもう一つポイントとしては,普通の仕事を持っている裁判員の人に,それほど長く付き合ってもらうわけにいかない,迅速性の問題ですね。早く結論を出せるようなシステムを考えなければならない。そのためには記録の正確性と迅速性,これが非常に大事になってきます。
法廷での記録とその正確性,迅速性ですね。それについて,最近注目すべき事件に出会いました。

これは,12月14日付けの松山の新聞ですが,東京地裁で3日間の模擬裁判をやったそうです。裁判員がいるという前提で,実際には裁判官だけでやったようですが,裁判員をどうやって説得するかということを,検事と弁護士と裁判官が協力し合って考えて模擬裁判をした。そこでは,一通も捜査段階の供述調書は使われなかった。

今日の関係で私が注目したのは,こういう場面です。内容を記録した書面は,すぐにはできないため,裁判官自ら懸命にメモを取った。法廷が勝負ですから,法廷の記録を正確に残さないといけない。しかし,そのときは速記録がなかったんでしょうね。そのために裁判官が必死になってメモを取ったということを記者が見ています。

これはしかし,本来いけない,つまり法廷で証人の証言を聞くべきところを,書くほうに精力を注いだ。そういうことは,本来の裁判員制度では予定されておりません。正確性と迅速性をどうやって両立させるかという点について,いろいろな考えがあると思います。

私は,速記録がやはり必要だと,裁判官の立場からそう考えます。なぜかと言いますと,一番必要なのは評議の場面ですね。先ほどフュージョン(Stentura Fusion 米国製速記タイプ:速記録や速記符号から検索して録音が再生できる機能がある)で,ある部分を再生してくださいと裁判官が言って,それを再生すると。ちょっともたつきましたけれども,そういう場面はほとんどありません。つまり,先ほども例があったようですが,審理の途中でさっきこう言ったじゃないですかということを突きとめるために,直前に言った言葉を再生してもらう。それはあるかもしれませんが,そんなに数多いことではありません。

一番多いのは,評議であの場面でこの証人はどう言ったじゃないかということを,特定して再現したいという場合ですね。
ここには書記官も速記官も,原則入りません。もちろん必要な場合に録音録画を再生してくれ,あるいは速記を再生してくれということを,必要な場面で呼ぶということはあると思いますが,原則評議室は密室でありまして,裁判員以外だれも入りません。

ところで,記録の正確性という場合には,一番正確なのは,録音録画ということであることは間違いないと思います。ただ,録音録画が正確なのは,例えば言葉自体,それから更に所作,動作,表情,これも残るわけですね。ですから,正確さという意味では録音録画が一番間違いないだろうということは,多分争いがないだろうと思います。記憶の薄れとか,あいまいさとか,それから人によって,裁判員と裁判官が9人おりますと,それぞれ関心を持って聞く方向が違うものですから,思い込みで聞き違う。こういうはずだという頭で聞くと,そう聞こえてくるというので誤解が生じ得るんですが,そういう場合も録音録画の再生で再現できるでしょうし,小声であったり,微妙な表現をわざと使ったり,あるいは方言というふうなものも録画の再生で十分正確に再現できると思います。

しかし,私が問題にしたいのは評議の円滑性です。その都度,速記官を呼んで,あるいは書記官を呼んで,録画を再生させるのか。私が模擬裁判を担当した場面でも,何回かやっぱり証人なり被告人の証言を再現したいという場面がありました。

そのときは,もちろん速記が入っておりません。録画の再生です。現在の録画の再生は,書記官が大体この辺りだということを覚えておって,ばばっと検索する。将来の最高裁が考えているものは,今のフュージョンのように,言葉を入れればそこが出るというふうな検索機能が付けられるのだと思いますけれども,それにしても議論,思考が中断されます。

我々が今まである速記録を見るのは,録画のようにざあっと見るんじゃないんですね。山,谷,川,平野,それらを意識しながら,この証人のこの山の証言というのは,一瞬にして文字情報の場合は見れます。
評議までに速記録が出ておれば,我々が見れば,もうあっという瞬間に,必要な場面が取り出せます。それに対して録画の場合は,ちょっと待ってください,検索文字を入れて,再生して,ちょっと違っている場所でしたと。

更に問題なのは,2つの証言を対比したい場合,主尋問と反対尋問で違うことを言っているとか,この証人と同じ場面で他の証人が違うことを言った,それを両方対比したい。我々は,今までですと,速記録を上下させて,ぱっと引き出して見るわけですけれども,それを録画でやろうとすると,またちょっと厄介なことになります。

それほどものすごい時間が掛かるというわけではありませんけれども,議論と思考が中断され,だらっとしてしまう評議になってしまうという危険性は,非常に強いんではないかと。文字情報の瞬時性というのはものすごいものです。やはり私は,そういう側面から見ると,正確性では録画が優れているけれども,迅速性という面では非常に問題が大きいと考えます。

最高裁のほうは,最初は音声での自動反訳を考えていましたが,どうもそれはうまくいかないということで,現在はフュージョンに似たような,言葉で録画画面を検索するような方式に切り替えようとしていますが,やはりそれでは不十分で,文字情報の正確なものを評議の場に提供してもらわないと,円滑な評議ができないというのが私の考え方であります。
皆さん御存じのとおり,諸外国の法廷では,速記がまだまだ十分な機能を発揮しております。アメリカでは,21世紀法廷ということで,全過程の録画ということで対処したら,高裁のほうから全部見なきゃいけないから,たまらないからやめてくれというようなことで,やめたという話も聞いたことがあります。とんでもない時間が掛かるんですね。

文字情報の目で読む瞬時性というものは,全く失われてしまう。そういう意味で,速記と録画とを併用するというのが裁判員制度にとっては必要だと。
つまり速記録も正確性においては100パーセントではない。雑談ですけど,先日宇和島というところに行きましたら,昔の大津事件の児島惟謙という大審院裁判長の方があそこの出身ですが,「児島惟謙(いけん)と言ったらいけん。」と地元の人に言われました。

どこでもそういう方言があると思うんですが,「いけん」というのは,「いけない」ということに通じるので,「児島惟謙(これただ)」という正式な名前を言ってくださいと怒られたんですけれども。例えば,憲法訴訟で「イケン」と言うと,どっちの「イケン」なんだ,いけないと彼は言っているのか,憲法違反だと言っているのか。例えば「違憲です」と言えば憲法違反のほうになりますよね。
その「です」を言ったかどうかは,速記のほうではっきり出るかというと,それは録画を見ましょう。こういう微妙なところを最終的に確認するんであれば,録画は残しておかなければならないし,評議には速記録が必要なんだと,私はこういうふうに,今個人的には確信しておるしだいです。

こういう意味では,今の速記官制度を,こう言うと皆さんに怒られるかもしれませんが,裁判員に限定して,その部分で養成を再開すると。裁判員裁判というのは広がっていくでしょうから,そういうものについて速記がちゃんと対応できる。そういう迅速性を要する裁判というのは,ほかにも多分あるんだと思いますが,裁判員裁判が最も厳しいですよね。
ほかの裁判については録音反訳で対応するという考えも,私はあり得るというふうに考えております。裁判官の立場ばかりから申し上げて,どうも失礼いたしました。(「はやとくんフォーラム2007」での安原浩元所長の講演録)

リンク: 裁判所速記官制度を守る会.
リンク: 日本裁判官ネットワーク.

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